とちぎキャンパる

千年続く味を次世代へ ~しもつかれ開発に懸けた思い~

 みなさんは「しもつかれ」をご存知だろうか。

 栃木県・茨城県・群馬県などを中心とした北関東の郷土料理で、正月の鮭の頭や節分の豆、大根・人参などの残り野菜を酒粕で煮込んだ料理である。しもつかれを知っている人の中には、おいしくないというイメージを持っている人も多いかもしれない。酒粕独特の強い香りや酸味、見た目がその原因となっている。そんなしもつかれの良さを多くの人に知ってもらおうと、宇都宮大学の有志の学生が中心となり、しもつかれの商品開発を行っている。取材班は、大学生とともに「しもつかれ」の商品開発を行った「ユーユーワールド」(本社・宇都宮市)の代表取締役社長・小川拓矢さんに、しもつかれ完成までの道のり、この活動に懸ける思いを聞いた。

【「しもつかれ」取材班】

「ご飯にかけるしもつかれ」の誕生

宇都宮大生の熱意と企業の技術から生まれた、「ご飯にかけるしもつかれ」

 埼玉県出身の宇都宮大学地域デザイン科学部コミュニティデザイン学科 3 年生の石井優衣さんは、宇都宮に来て、しもつかれの存在を知った。1000 年も前から食べられている伝統料理なのに、嫌いな人が多いのはかわいそう、もっと周りの人に知ってもらいたい、という思いから、同じ考えの仲間を集め、チームで商品化に挑戦した。

 協力先として、物流事業を主力事業としながらも、累計 250 万個以上を売り上げたヒット商品「ご飯にかけるギョーザ」で有名な「ユーユーワールド」に声をかけた。当時のことを振り返って小川さんは、「非常にうれしかったね。もう全力でやるよって話をすぐにしました。社員には相談することなく、その場で即決断し絶対にみんなの注目を浴取り組みにしたいと思いました」と語る。

 石井さんは作り方をネットで調べ、16 回ほど試作した。中には焦がしたものもあり、たくさん失敗した。そして「ご飯にかけるしもつかれ」は、石井さんがユーユーワールドに声をかけてから約 12 カ月で商品化された。小川さんは、石井さんのチームのアイデアが商品化され、商売になったことに、大きな意味があると語る。「人のために何かをやりました。満足しました」「満足感が得られました」「お客さんは喜んでいました」。

 「そうではなくて、自分のこれからの将来のことを考えたら、それがちゃんと商売になるっていうところまで考えないといけないんだよね。ボランティアではなく。君たちの貴重な人生を使ってやっているんだから、それは自分たちの実力にもなってほしいし、それが今後将来生きていけるための糧になってほしいと思っているから、そこはちゃんとサービスがお金という対価で得られるような形まで作り込んでほしい」。

 この活動は栃木県にとどまらず、2025 年日本国際博覧会(大阪・関西万博)にも出店して、注目された。

万博への出店、予想を上回る大盛況

 商品化された後、「ご飯にかけるしもつかれ」は各新聞社やテレビ局に取材された。一気に知名度を上げた同商品は、ついに大阪・関西万博の栃木県出店期間に登場した。出展商材の選定が課題となる中、伝統料理であるしもつかれが選ばれた。本来は大根の収穫時期の関係で冬の料理だが、同社の技術で長期保存可能なビン詰めにすることで、季節を問わず提供できたのだ。大阪では全く馴染みのない料理だが、「1000年前から続く伝統料理」という強烈なキャッチコピーを掲げて販売したところ、用意された 200 食が完売し、大盛況となった。

 学生ならではの販売戦略、改良を重ねておいしくなった味、そして技術によって半年もつ保存性。この三つの要素が重なり、小川さんの予想を上回る結果となった。なお、現在「ご飯にかけるしもつかれ」は、ユーユーワールドのオンラインショップやJR 宇都宮駅 2 階の土産店で購入できる。

小川社長の学生時代からこれまでの歩み

 学生の挑戦を「ビジネス」として成功させた小川社長。その柔軟な発想と行動力は、一体どこで培われたのだろうか。「宇都宮大学工学部在学中の 2 年生の時、父から突然『起業するから自分の食い扶持(ぶち)は自分で稼げ』と言われて衝撃だった」と懐かしそうに笑う。いくつかのサークルを掛け持ちして学生生活を謳歌(おうか)する傍ら、塾講師や家庭教師を掛け持ちして月 15 万円を稼ぎ、自らの生活費を賄っていた。

 大学卒業後は電気部品系エンジニアの道を歩み始めた。「自分のイメージが形になるのが楽しかった」と語る通り、種子島(鹿児島県)のロケット発射設備の配線設計など、大規模なプロジェクトにも携わる充実した日々だった。

 しかし 30 代を迎え、ふと上司の背中に自分の未来を重ねた。「このままでは部長止まり。でも社長になれば、誰とでも対等に勝負できる」と思った小川さんは、組織の限界を感じる一方、急成長していた父の会社「ユーユーワールド」が魅力的に映った。

 ユーユーワールドは、小川拓矢社長の父である小川恒夫氏によって、1994 年に設立された。「海なし県に港を創る」というキャッチフレーズのもと、物流事業と人材育成を中心に、世界に向けて「モノ」と「人」にかかわるサービスを幅広く提供している。

ユーユーワールドが運営する総合人材サービス・研修支援センター
「Y-CONNECT(ワイコネクト)」

33 歳での転職、直面した「人」の壁

 エンジニアとして図面通りにものを作る世界から、33 歳でユーユーワールドに入社し、物流、人材業界に転身することになった小川さん。そこで待っていたのは、機械とは異なり、感情や個人差がある「人」を動かす難しさだった。そのギャップを埋めるのに 10 年を要したという。入社当初は、コンテナの荷下ろしや工場の組立ラインなど現場の最前線で汗を流し、現場ならではの苦労と喜びを肌で学んだ。

 同社の強みは、物流事業を展開する企業の中でも、栃木県内企業で唯一通関業の資格を持ち海外と輸出入に関する物品のやり取りが可能であるという点だ。その強みをいかして幅広い製品を扱っていたが、特に食品については、日本と海外で味や形、パッケージのデザインなど、あらゆる面でニーズが異なる。同社はその都度、現地で「この人向けの味ではない」「デザインが響かない」といったリアルな声を収集し、生産者にフィードバックを繰り返した。実はこの過程にこそ、新たな事業へのヒントが隠されていたという。「そうやって全部うちに情報が入ってくる。いろんなノウハウが溜まってきたから、うちでも売れる商品を作れるのではないかと思った」。

 そうして、「物流屋が食品など無理だ」という社内外の猛反対を押し切り、開発したのが「ご飯にかける餃子」だった。意外性のあるネーミングと、海外視点を取り入れた戦略で約 300 万個を売り上げる大ヒットを記録。現場を知り、顧客の声に真摯に向き合った小川社長の経験と情熱が、異業種参入での成功を手繰り寄せ、今回の学生との新たな挑戦へつながっている。

 この成功体験をいかし、現在は海外での和食レストラン事業も展開している。モンゴルの店舗はコロナ禍のロックダウンにより閉店を余儀なくされたものの、中国・大連の店舗は客単価が 2 万~3 万円という人気店となっている。

 小川さんは今後、各事業でさらに売上を伸ばすことに加え、人材派遣や育成事業を通して、「若者が社会に出たときに役立つような手助けをしたい」と語った。

後輩たちへのメッセージ

 「4年という限りある時間の中で、たくさん学び遊んでほしい。そして多くの人と出会ってほしい」と語る小川さんは学生時代にバスケやテニスのサークル等を四つほど掛け持ちして、多様なジャンルの多様な友達が多くいたという。そのうちの一つであるキャンプを主体としたアウトドアサークルは、大学 3 年生の時に小川さんが友人と立ち上げたもので、学生時代を思い返すその表情にはとても楽しい様子が見えた。最後に「なんでも聞いてちょうだいね」と優しく言う小川さんから、私たち学生が持つべき真面目さの中にある遊び心を学んだ。

Y-CONNECT で学生たちの挑戦や、商品開発への熱い思いを語ったユーユーワールドの小川拓矢社長

 取材班は新井陸、榎本恵太、酒井莉奈子、佐々木悠人、杉田佑月、武田想(いずれも宇都宮大学地域デザイン科学部「地域メディア演習」履修生)。

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